2つのコンサート 

2011年3月11日のベルギー時間の朝のことは今でも忘れていません。
Lakme、東京へ10日ほど帰る予定でした。母が亡くなって、マンションを売ることになったので、契約書にサインをしに行きがてら、最後に自分の家を見ておこうと思ったのです。
その日のパリのドゴール空港お昼頃の飛行機で帰国予定でした。シャワーを浴びていると、BBC(イギリスのNHKのようなものです)のニュースで東北地方がおそろしい勢いで津波にのまれていって、到着予定の成田空港の近くの工場が燃えていました。それでも、パートナー氏には、東北の人は津波とずっと戦ってきたから大丈夫、きっと飛行機の離陸時間は大きく遅れるだろうけれど、行くからね、とドゴール空港行きの列車に乗りました。
空港のでは、日本からの観光で来ていた日本人が沢山、帰りたくても帰れない状況で困って、みんな、電話やネットでいろいろと調べていました。空港にはテレビがなかったんです。私は、会社で帰宅できずに困っていた兄、広島の従姉、それから、ネットやテレビでニュースをずっと見続けていたパートナー氏に電話をし続けて、結局、日本行は断念しました。夜、パリのホテルでニュースを見入っていると、友人がソーシャルネットワークを通して、日本を助ける基金を設けるということで連絡をしてきました。
その後のことは、いろいろと想像がつくかと思います。ベルギーでもいろいろな援助をしようと運動があって、沢山の人が活動に乗り出しました。当時のお隣さんは、日本に8年間住んでいたというベルギー人一家で、私の家族や友人が困っているなら家の3階は人家族が住める状態だから呼んでも構わないと言ってくれました。なんてありがたいことでしょう。ヨーロッパの人達は、何よりも放射能汚染のことを気にしていました。

あの時から3年。今でも忘れないようにと、少なくとも、3月11日前後に何かイベントがあるので、できるだけ行くようにしています。今年は、、、と言いますか、今年も、ピアノとバイオリンのコンサートへ行きました。
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パンフレットには、東北の子供たちの詩がいくつかのっていました。くぎ付けになったのは、「流された牛の分もがんばる」という一言でした。きっと、この子は家族の牧場を毎日手伝って、大事に牛を育てていたんだろうなと思うと、いなくなってしまった牛たち、つまり、なくなってしまった日常生活が、どんなに厳しい現実なんだろうと思われて仕方がなかったんです。今でも、26万人が地元に戻れないだなんて、数字にしてみて改めて、被害の大きさを知りました。早く、みなさんが平和に暮らせるように願ってなりません。
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最後の堀米さん、アルゲリッチ、マイスキーのショスタコービッチは、感情が高ぶる、まるで爆発でもしそうな激しいものでした。癒しではなくて、東北の今に目覚めてほしいと言わんばかりの演奏だったと言いましょうか。。。

もう1つのコンサートは、パッと花火のように快活なコンサートでした。
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パートナー氏が選んだ席は、オーケストラの真横。大学生の頃、毎年、東京のサントリーホールでヘンデルを歌っていました。その時はオーケストラの真後ろで、いろんな楽器を見ながら歌って本当に楽しかった。
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近代、現代のクラシック曲でしたので、打楽器が勢ぞろい。始まる前からワクワクでした。
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コンサートホールは、Bozarと言われるブラッセルの中心部のホール。
エリザベート王妃国際音楽コンクール(←クリックでWikiへ)の会場にもなります。これが、エリザベート王妃のプレート。

さて、あまり打楽器バリバリの音楽が苦手なのにやってきた理由はと言いますと・・・、
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有名な、この人が演奏するからです。
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ラン・ラン(←クリックでWikiへ)
クラシックピアニストとしては、あまり好きではないのですが、この人のピアノ力は凄いことは確か。ショパンとかモーツァルトのリサイタルは遠慮したいけれど、これならいいわ!と今回のコンサートのチケットを購入したんです。

ラベル作曲ピアノ協奏曲ト長調

こんな元気いっぱいで、パフォーマンス重視型の曲なら、ラン・ランが弾けばぴったり!と、狙いました(笑)。案の定、元気で楽しかったです。「のだめカンタービレ」で有名になったあの曲です、と言えばわかりますか?lakmeは、ミケランジェリのCDを持っていますが、初めて聴いた時は大興奮しましたね。ラベル、素晴らしい!

~ おまけ ~
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春らしい今日この頃。お嬢さんが走り回った後にふぅっと一息ついた足元には、小さな黄色いお花が。平和でいいね。東北の人達にも早く平和な日々が戻ってきますように。